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最高裁判所第三小法廷 昭和30年(オ)317号 判決

大阪府泉佐野市一五九六番地

上告人

大泉製氷冷蔵株式会社

右代表者代表取締役

野出長一

右訴訟代理人弁護士

辻野新一

右訴訟復代理人弁護士

森本寛美

大阪市北区菅原町八番地

被上告人

日本昆布株式会社

右代表者代表清算人

前坊光作

右訴訟代理人弁護士

中村健太郎

右当事者間の損害賠償請求事件について、大阪高等裁判所が昭和三〇年一月六日言い渡した判決に対し、上告人から一部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人は上告棄却を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄し大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人辻野新一の上告理由について。

論旨は、上告人において本件物件の受寄者として善良なる管理者の注意義務(以下善管義務と略記する)を果したものと断じ難い旨判示した原判決に理由そごまたは理由不備の違法があるというのである。

よつて按ずるに、寄託契約にもとずく受寄者の義務の内容は、第一次的には当該契約における合意によつて決定される事柄であつて、法にいわゆる善管義務は受寄者の一般的な義務として単に補充的な意義を有するにとゞまるのである。そこで原判決の確定したところによると、本件寄託契約は、とろろ昆布をその目的物とし、寄託の期間はきわめて短期間の約であり、寄託場所は上告人方の冷蔵庫ではなくその貯氷室に貯蔵して保管する旨の約定であつて、右寄託物は約旨にしたがい貯氷室に保管されていた(被上告人において本件寄託物が貯氷室に貯蔵されていることを知つていた旨の原判示は、その判文全体に照らし寄託場所についての暗黙の合意の成立を認めた趣旨であることが明らかである。)というのであり、更に、本件寄託物に腐敗を生じたのは被上告人がその寄託を受けた昭和二三年四月一九日から約三月を経過した同年七月一六日より後のことであり、しかも上告人はそれ以前から再三にわたり被上告人に対して寄託物の引取方を求めたにもかゝわらず、被上告人は同年七月一五日その一部の引取をなしたのみでその余の本件寄託物をその儘に放置している間にその全部が腐敗してしまつたというのである。以上原審の確定した事実によると、きわめて短期間という約定の意味するところが必ずしも明白とはいえないが、遅くとも右寄託物の一部の引取のなされた同年七月一五日当時は既に約定の返還期限を過ぎていたものと解するのが相当であり、前示契約条項以外に上告人において本件寄託物につき腐敗防止等の措置をとるべき特段の約束の存在、右契約上の義務の範囲を超えて上告人が法にいう善管義務を負うものと認むべき格別の事情等はすべて原審の認定しないところであるから、原審の判示するところからは、上告人に本件寄託契約上の義務違背ありと断ずるに由ないのは勿論、更に善管義務として上告人が具体的に如何なる義務を負いかつそれに違背したかを明らかにするを得ないのである。

されば、前記寄託契約上の義務違背ならびに善管義務としての具体的な義務の存在を肯認するに足る事由を判示することなく、上告人に善管義務の違背ありとして被上告人の請求を認容した部分については、原判決に審理不尽もしくは理由不備の違法があるから、論旨は理由があることに帰し、原判決中の右の部分は破棄を免れない。

よつて民訴四〇七条一項に従い裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河村又介 裁判官 島保 裁判官 小林俊三 裁判官 垂水克己 裁判官 高橋潔)

昭和三〇年(オ)第三一七号

上告人 大泉製氷冷蔵株式会社

被上告人 日本昆布株式会社

上告代理人辻野新一の上告理由

原判決には左に記載するが如く判決に理由を附しておらないし且その理由に食い違いの違法が存するものと思料する。

一、原判決は理由の前段において各種の証拠を総合し、

(イ) 被上告人は昭和二十三年度梅雨期を控え本件とろゝ昆布を冷蔵庫に寄託しようとしたところ従来取引のあつた冷蔵庫は或はいまだ復興せず或は既に満室のため寄託に応じなかつたので上告人に之が冷蔵を申込んだこと。

を明らかにして先づ当時この種業者の冷蔵装置が極めて不完全であり偶々完備しておれば満室であつてこのまゝ放置すれば被上告人所有のとろゝ昆布は冷蔵不可能の情況に晒される外ないことを説示している。

この申込に対し、

(ロ) 上告人は冷蔵庫修理のため寄託を受けても寄託品は冷蔵庫において保管し難く只貯氷室である第六号室に貯蔵するの外なき旨を説示し

而かも右貯氷室は電力が足りず天井から水滴が落下し湿気が多く五、六時間停電の場合は普通の冷蔵庫よりも二、三度温度が上昇するので一ケ月以上の貯蔵は至難であるのみならず貯氷期も間近に迫つていた関係で貯氷室本来の目的に使用する必要上極めて短期と定めて

之に応じた旨を明かにし被上告人も亦この貯氷室において貯蔵せられることを諒知していた事実を認容している。

更に原判決は

(ハ) 上告人は寄託品中三十個の返還を為した昭和二十三年七月十五日(当時この三十個には異状がなかつたことは被上告人の自認するところである)以前から被上告人に対し屡々本件寄託品の引取を求めたところ被上告人は容易に残額四百五十個の引取に応じなかつた。

事実を認定し進んで

(ニ) 本件寄託については上告人は寄託物件の検視義務がない約款のあることが認められる。

旨判示している。

一体この判決理由によれば如何なる点に上告人の債務不履行が存すると云うのであらうか。

更に当時電力の供給源が安定を欠き全国的に屡々停電を余儀なくされた事実は関係証人の証言を俟つまでもなく衆知の事実であつたことに想到すれば電力を生命とする冷蔵装置に不可抗的な支障のあつたことも容易に認容せられるところである。

原判決は本件寄託当時の冷蔵業の客観情勢と本件寄託契約の内容が保管場所や時期について特殊内容を持つていることの説示以外を出ていないと信ぜられる。

二、然るに原判決は「一般に商人はその営業の範囲で寄託を受けたときは報酬の有無を問わず善良な管理者の注意義務を負担するところ前段認定の事実によるも本件冷蔵について上告人が右義務を果したとは断じ難いので同人は本件腐敗によつて生じた損害賠償の責を免れない」と判示している。

本件の契約内容が盛沢山な特殊性によつて満たされている事実を率直に認定しながらその特殊性を無視して一般商人が一般の場合に用うべき注意義務を上告人に要請することは自家撞着の誹を免れないと信ずる。

反面原判決は被上告人の過失を認めるのであるがこれは被上告人が本件寄託契約の特殊性である冷蔵装備の不完全を認容しながら上告人をして寄託を敢てせしめたことを指すのであらう。

けれ共これは上告人の過失を前提として之と対蹠的に認められる過失ではなくして本件の損害は被上告人が設備不充分の貯氷室において折柄頻々として起る停電の事実を織込み従て長期の保管を許さない契約内容から来る当然の帰結だと思う。

即ち本件の損害は上告人の過失と被上告人の過失が合体して生じたものではなく全く被上告人が予見した契約の内容から齎らされたものに外ならないのである。

三、以上第一項に掲げた原判決の認定理由と前項に述べた判決理由とは著しく食い違つておることは多くの説明を要しないと思う、又前者の認定では後者の結論が生れて来ないのであるから全く判決に理由を附しておらないことにもなると信ずる。

以上の理由により原判決は破棄を免れないものと確信する。

以上

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